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鹿児島地方裁判所 昭和62年(ワ)279号 判決 1988年8月26日

主文

一  被告は、原告に対し、一四〇二万四七二一円及びこれに対する昭和六二年五月二八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを三分し、その一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

四  この判決は、原告の勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、四一〇九万六〇八四円及び内金三九五九万六〇八四円に対する昭和六二年五月二八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決並びに仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

との判決

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  事故の発生

(一) 日時 昭和六〇年二月二日午後四時二五分ころ

(二) 場所 鹿児島市吉野町三五〇六番地一七九先路上

(三) 加害車 普通乗用自動車

右運転者 被告

(四) 被害車 普通乗用自動車

右運転者 原告

(五) 態様

原告が西菖蒲谷から帯迫方面に向かつて被害車を運転走行していたところ、前方交差点左側道路から右折してきた加害車に自車前部を衝突された(以下「本件事故」という。)。

2  責任原因

本件事故は、被告が右交差点において右折するにあたり、左側方面のみに注意を奪われ、右側方面への注意を怠つたまま急に右折進行した過失により惹起されたものであるから、民法七〇九条により、被告は右事故から生じた原告の損害を賠償すべき責任がある。

3  本件事故により原告の受けた後遺症の程度

(一) 原告は、本件事故により脊髄(第九胸髄)損傷の傷害を負い、昭和六〇年二月七日から同年五月二七日までの一一〇日間、八反丸病院に、同月三〇日から昭和六一年四月三〇日までの三三五日間、日高整形外科病院に入院して治療を受けたが完治せず、昭和六一年四月三〇日症状固定により次項のような後遺障害が残つた。

(二) 後遺障害

原告は、昭和四八年三月二〇日交通事故に遭つて負傷し、右半身の手足麻痺の後遺障害が残り、自賠法施行令別表後遺障害等級表の一級三号の認定を受けていたが(以下、この事故を「前回事故」という。)、懸命のリハビリテーシヨンの甲斐あつて杖をつけば歩行もできるようになり、家事の手伝いも若干は可能となり、自動車運転免許を再び取得して運転を行つていた。

しかるに、本件事故によつて、原告は両下肢が完全に麻痺して歩行不能となり、生殖能力も喪失し、膀胱障害のため尿を失禁しつづけ、しかも両下肢のしびれに似た疼痛が常時原告を苦しめている。

4  損害

(一) 治療費 一万八三〇〇円

(1) 鹿児島大学医学部付属病院外来料金 二一六〇円

(2) 八反丸病院治療費 四四二〇円

(3) ウリナールパツク及び付属品 三八〇〇円

(4) 診断書代 八〇〇〇円

(二) 入院雑費 四四万五〇〇〇円

原告は前記3(一)のとおり合計四四五日間入院治療を受けたが、右入院中に要する諸雑費は一日一〇〇〇円としてその合計金額である。

(三) 通院交通費 一万〇五三〇円

昭和六〇年二月五日自宅から白坂病院までの往復タクシー運賃四〇二〇円及び同月六日自宅から大学病院、大学病院から白坂病院、白坂病院から自宅までのタクシー運賃六五一〇円の合計である。

(四) 家屋改造費 三八三万三七〇六円

原告は前記後遺障害により歩行が不能となつたため、風呂場、便所、出入口の設置改造が必要であり、右経費として三八三万三七〇六円を要する。

(五) 将来の付添看護費 二九〇九万七九八二円

原告は本件事故当時満五二歳であつたところ、昭和五九年簡易生命表によれば五二歳男子の平均余命は二五・七四年であるから、少なくとも本件事故後二五年は生存すると推定される。ところで、原告は、前記後遺障害のため終生付添看護を必要とするに至つたが、付添看護費は日額五〇〇〇円、年額一八二万五〇〇〇円であるから、これに二五年の新ホフマン係数(一五・九四四一)を乗じて事故時の現価に引直すと二九〇九万七九八二円となる。

(六) 慰藉料 七五〇万円

入院慰藉料として二五〇万円、後遺症慰藉料として五〇〇万円が相当である。

(七) 弁護士費用 一五〇万円

5  損害の填補 一三〇万九五一四円

原告は、自賠責保険金五〇万九五一四円及び鹿児島県農済からの保険金八〇万円の各支払を受けた。

よつて、原告は被告に対し、不法行為に基づく損害賠償請求権に基づいて、損害金残額四一〇九万六〇八四円及び弁護士費用を除いた内金三九五九万六〇八四円に対する不法行為の後である昭和六二年五月二八日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求の原因に対する認否

1  請求の原因1の事実は認める。

2  同2の被告の過失は認める。

3  同3の事実中、原告が前回事故により一級三号の後遺障害の認定を受けていたことは認めるが、その余は知らない。

原告の主張する後遺障害の全部又は大半は前回事故に起因するものであつて、本件事故によるものではない。

4  同4の事実は知らない。

5  同5の事実は認める。

三  抗弁(過失相殺)

本件事故の発生については、原告にも進路前方左側を歩行中の児童二人の動静にのみ気を取られ交差点の左方道路に対する安全確認を怠つた過失があるから、損害賠償額の算定にあたり過失相殺されるべきである。

理由

一  事故の発生、責任原因

請求の原因1及び2の事実は当事者間に争いがない。

二  本件事故により原告の受けた後遺症の程度

1  成立に争いのない甲第九号証、第一〇号証の一ないし四、第一一号証の一ないし五、証人谷口範子の証言を総合すれば、請求の原因8(一)の事実が認められ、かつ、後遺症として、両下肢が完全に麻痺して歩行不能となつたため、洗面、便所、入浴等の日常生活には車椅子を使用することが必要となり、また両下肢にしびれに似た疼痛があり、更に膀胱障害があるなどの症状が固定(昭和六一年四月三〇日ころ固定)したことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

2  ところで、原告が昭和四八年三月二〇日交通事故に遭い、右半身の手足麻痺により自賠法施行令別表後遺障害等級表の一級三号の認定を受けていたものであることは当事者間に争いがない。

右事故による後遺障害の内容、程度をみるに、成立に争いのない甲第一二号証、乙第一号証、第二号証の一ないし五、第三、第四号証、原本の存在及び成立に争いのない甲第一三号証の一ないし五、証人谷口範子、同大井千尋の各証言を総合すると、原告の前回事故は、原告が自動二輪車を運転していたところ、中央線を越えて進行してきた対向車と離合するに際し、狼狽して運転を誤つて路上に転倒し、頭部打撲、左大腿上外側部、左肘部打撲傷等の傷害を受け、昭和四九年七月二三日、頭部打撲頸椎捻挫(頸椎骨軟骨症)、左腰部下肢打撲症、右上肢腕神経不全麻痺の後遺障害が残つたこと(具体的には、右上肢及び右下肢に高度の運動障害があつて、高度の跛行があり、また両下肢に強い放散痛、右下肢にしびれ感、右下腿に知覚鈍麻等の症状が残つたものである。)、事故後の経過をみると、当初数か月は頸部、頭部、腰部、下肢等の痛みを訴えて大井病院に入院し、一旦退院したものの、次第に右上下肢の運動傷害をきたしてきて昭和四九年二月二六日同病院に再入院したという病状増悪の経過をたどつたものであること、レントゲン所見では異常はなかつたので頸髄の神経損傷の有無を調べるため医師の勧めで鹿児島大学医学部附属病院に入院して検査を受けたところ、筋電図には異常所見が認められたが、関節の硬縮はなく、自動では動かなくても加動では動くことなどから、器質的なものだけでなく、心理的因子も考えられたので、同病院医師が精神科に受診させたところヒステリーの機制が充分考えられるとの返事があつたこと、そこで原告に心理的因子も考えられることなどを話したところ、原告は脊髄造影検査を拒否して退院してしまい頸髄の神経損傷の有無を確認することができなかつたが、前記の後遺障害が残つたものとして加害者から損害賠償金の支払いを受けたこと、その後原告の前回事故の後遺障害はやや回復し、本件事故当時には、杖をつけば歩けるようになり、身体障害者用の自動車運転免許を取得して両手と左足を主に使用して自動車を運転することができ、また買物、炊事等家事ができるようになつていたことを認めることができ、右認定に反する証拠はない。

一方、本件事故の態様及び事故後の病状経過をみるに、前掲甲第九号証、第一〇号証の一ないし四、第一一号証の一ないし五、原本の存在及び成立に争いのない甲第一、第二号証、第三号証の一、二、第四ないし第八号証、証人谷口範子の証言及び被告本人尋問の結果を総合すれば、原告は被害車を運転して時速約一五キロメートルで前方交差点に向かつて進行していたところ、前方交差点左側道路から出てきた加害車を認めて急制動の措置をとり、一方、被告は加害車を運転して時速約五ないし一〇キロメートルで右交差点を右折しようとしていたところ、被害車を発見して急制動の措置をとつたが間に合わず、自車前部を被害車の左前部に衝突させたものであるが、両車両とも衝突位置で停止したことが認められるのであつて、衝突のシヨツクは大きくはなかつたことが窺われ、また本件事故発生直後、原告と被告は、事故現場で警察官の実況見分に立ち会い、けがはないということで物損処理したこと、翌朝被告が原告方を訪問すると、原告は腰に痛みがあるとは言つていたが、柱をつかまえて被告との立ち話に応じたこと、ところが、原告は事故後四日経過した二月六日鹿児島大学医学部附属病院で第九胸椎圧迫骨折との診断を受けて、翌七日八反丸病院に入院し、約一か月間ベツド上安静ののち、コルセツトを装着しての起立訓練や温熱療法その他の理学療法を受けたが、同年五月二七日理学療法を拒否して自主退院し、同月三〇日日高病院に入院したことを認めることができ、右認定に反する証拠はない。

以上認定の事実によれば、本件事故自体は軽微なものであるのに原告の後遺障害は極めて重いものになつているのであつて、これは前回事故における原告の後遺障害及び原告の心理的要因が寄与しているものと認めることができるのであり、その寄与の割合は六割と認めるのが相当である。

三  損害

1  治療費 一万八三〇〇円

成立に争いのない甲第一四号証、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第一五号証、第一六号証の一、二、第一七号証の一ないし三によれば、請求の原因4(一)の事実を認めることができ、右認定に反する証拠はない。

2  入院雑費 四四万五〇〇〇円

前記二1に認定のとおり原告は本件事故のため合計四四五日間入院治療を受けたものであるから、その間の入院雑費を右金額のとおり認定するのが相当である。

3  通院交通費 九二四〇円

証人谷口範子の証言及びこれにより真正に成立したものと認められる甲第二〇号証の一ないし四を総合すれば、請求の原因4(二)の事実中、九二四〇円の通院交通費を要したことが認められる。右金額を超える分については、これを認めるに足りる証拠がない。

4  家屋改造費 三八三万三七〇六円

証人谷口範子の証言及び同証言により真正に成立したものと認められる甲第一八、第一九号証を総合すると、原告の車椅子による生活に支障がないようにするため、六畳の洋間一室と洗面、便所、風呂場を兼ねたタイル張りの一室、合計二室を増築する必要があるところ、右工事の見積りは三八三万三七〇六円であることが認められ、右認定に反する証拠はない。

5  付添看護費 一二四五万五五二〇円

前記甲第五号証によると原告は本件事故当時満五二歳であつたことが認められ、昭和五九年の簡易生命表によれば満五二歳男子の平均余命は二五・七四年であるが、原告は前記二のとおり下半身完全麻痺、歩行不能の状態にあり、それが回復不能であると予測されるので、当然健康な者と同じ余命を保つものとは考えられないが、なお一五年は生存するものと推定するのが相当である。そして右のような原告の身体状況に照らすと終生相当程度の看護を必要とするのは当然であり、その費用は本件に顕われた諸般の事情を勘案すると月額一〇万円とみるのが相当であるから、その総額は次のとおりとなる。

一〇万円×一二月×一〇・三七九六(一五年のライプニツツ係数)=一二四五万五五二〇円

6  慰藉料 二二五〇万円

前示の原告の傷害の内容、程度、入院期間等に照らせば、原告が本件事故によつて蒙つた傷害に対する慰藉料は二五〇万円をもつて相当と認める。

また、前示の原告の後遺障害の内容、程度等に照らせば、原告が本件事故によつて蒙つた後遺障害に対する慰藉料は二〇〇〇万円をもつて相当と認める。

7  以上合計 三九二六万一七六六円

四  前回事故等の寄与による減額

前記二2で認定判断したとおり、本件事故後の原告の後遺障害は、前回事故による後遺障害及び原告の心理的要因が寄与しているのであつて、その寄与率は六割であるから、これを原告の損害から減額したものをもつて被告の賠償すべき損害と認めるのが相当である。

三九二六万一七六六円×〇・四=一五七〇万四七〇六円

五  過失相殺

前記争いのない事実(請求の原因1、2)と前掲甲第一、第二号証、第三号証の一、二、第四号証、第八号証、証人谷口範子の証言(但し、一部)及び被告本人尋問の結果を総合すると、本件事故は、被告が左右の見通しが悪く、かつ、交通整理の行われていない本件交差点を右折するにあたり、ロードミラーで右方交差道路上(交差点の約一八メートル位手前)を時速約一五キロメートルで交差点に向かつて直進中の被害車を認めたが、距離があつて加害車が先に右折を終了できると軽信し、被害車の動静を不注視のまま右折した過失により惹起されたものであるが、他方、原告にも自車進路左端を通行していた二人の児童に気をとられ、加害車の動向を注視しなかつた過失が認められるのであつて、右認定を覆すに足りる証拠はない(証人谷口範子は、加害車が右折の方向指示機を出していなかつた旨証言するが、被告本人の反対趣旨の供述に照らし、にわかに措信し難い。)。

以上の原被告の過失の態様その他諸般の事情を考慮すると、過失相殺として原告の損害の一割を減ずるのが相当と認められる。

よつて、

一五七〇万四七〇六円×〇・九=一四一三万四二三五円

六  損害の填補

請求の原因5の事実は当事者間に争いがないから、右損害額から一三〇万九五一四円を控除すると、原告の損害額は一二八二万四七二一円となる。

七  弁護士費用

本件事案の内容、審理経過、認容額等諸般の事情を考慮すると、本件事故と相当因果関係にある弁護士費用は一二〇万円とするのが相当であると認められる。

八  結論

よつて、原告の本件請求は一四〇二万四七二一円及びこれに対する不法行為の後である昭和六二年五月二八日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で正当であるから、これを認容し、その余は失当であるから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 下村浩蔵 岸和田羊一 坂梨喬)

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